・アイデンティティも崩壊し腰も抜けて立ってもいられなくなる音



アイデンティティも自我も崩壊状態になって、腰も抜けて、立っていることも出来なくなって、うずくまってしまうか倒れ込んでしまうことになる音が、わたしにはあります。
言わないけど。
だってそこにたまったま居合わせているだけの市井の他の人達は皆、普通~にしていらっしゃるので、きっとわたしが珍し~い生き物なんでしょうから。
鼻で笑われるか、変人扱いで終わりでしょう。
共感なんて望むべくもありません。

その音のする場所は、家から車で10分ぐらい行った、あの町の其処にあります。

その音が聞こえると、まず、ただ普通に座っても居られなくなります。
そういう時人間って身体をなるべく小さく小さく丸めようとするんです。
当然あらんばかりの力で耳を塞ぎます。少しでもその音がやわらいでくれるようにと思って。
何の効果もありませんけど。
感情的にも意思的にも耐えられなくなって、思考するステージも奪われ、思わず悲鳴を上げてしまいます。
わたしのどこにあったのそんな声、って思うくらいに凄まじいボリュームで。
何の役にも立ちませんけどね。

そしてその時立っているとしたら、腰が抜けて、立ってはいられなくなります。
うずくまって、小さくなって、倒れこんでしまう。
人の目を気にする余裕なんて、0.1ミリも、0.01ミリも、0.001ミリも、ありません。
あらゆる全てのことに、一人の大人として、対応、反応できなくなります。
わたしという自明さは、木っ端微塵に砕け落ちます。


早く終わって! ここから出たい・・・。
わたしの中のどこかで極めて細く薄く弱々しくぼんやりとそう思うことしかできません。
わたしを現実に繋ぐ糸が切れそうな予感を感じながら。
何にでも思いっきり掴んでしがみついて、何処にでも潜り込みたい。
小さく小さく縮んで、いっそ見えなくなって、居なくなって、消えてしまえたらいいのにと。

やがてその音が無くなると、スっと元に戻ります。
全てが、普通にわたし、いつものわたし、元のままです。
何事もなかったかのように。
一瞬で。
何の後遺症もありませんし。
わたしのその後に、何の影響も及ぼしません。
あ~あ、チャンチャン!
でおしまいです。



その音の、何が、わたしをそうさせるのか。
それは、恐怖、です。
最も単純にして、明快で、原初的で、最も強大な感情、ではないでしょうか。
恐怖心。

何でそこの、その音に限ってわたしが崩壊状態になってしまうのか、そんなことわたしにも解りません。
似たり寄ったりの音のする場所は、数限りなくと行言っていいほどあります。
他のそういうところでは、わたしは別に平気なんです。(全国を歩き回って確認してるわけではありませんけどね。)
ありふれていると言えば、ごくありふれた、どこにでも存在している音の類です。

そして、何で他の人たちは皆、その音を聞いても何の変化もなく、普通に立ったり座ったり歩いたり喋ったり笑ったりしていられるのか、そのことこそわたしには100パーセント理解不能、全く以て、解りません。

その音の恐怖を初めて体感したのは、24~5歳の頃。
その後何年か経って、もう大丈夫かもしれないと思い試しに行ってみましたが、全然ダメでした。
それからは、2度と行ってません。



もう一人でそこに行く勇気などありません。
行かなくてもわたしには全く関係も必要もない場所ですし。
ほんの僅かな時間でも、自分の崩壊状態を体験するのは嫌ですからね。

ただ、何故? という疑問は残ります。
何故、わたしはそうなるのか。
人は、平気なのか。

何故? です。
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by soranosoto | 2015-10-15 05:49 | ・ 今日この頃・・ | Comments(0)
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